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第六章「ライツ社が日本のカメラメーカーに負ける!?」 

コラム 独り言 この記事は約 2 分で読めます。 48 Views

レモン ●会社員 (40)


第五章にも述べましたが、ライカM3の発売はライツ社の栄光をもたらしました。その反面メーカーとしての滅亡を招きました。何とかIIIfに追いつこうと思ったら、また引きはなされたりと変動がありました。 日本のメーカーはそれぞれ独自の開発をすすめ、キャノンは変倍ファインダーでライカにない機能を搭載し、ニコンは朝鮮戦争で寒冷地でも動くボディーと解像力の良いレンズを開発しました、それぞれの日本メーカーはライカを離しかけあるいは追い越しましたが、一方でライツ社は持っている技術を総動員して、対日本カメラ向けと言ってもおかしくないM3を発売し、日本メーカーを一気に引き離します。
ライカM3を見た日本のメーカーは、技術力に敬服しながらも高コストに失笑して、日本独自の道を歩み始めます。ニコンの商品でこのころ作られたのがS2であり、そこからSPへと替わりました。キャノンはバルナックタイプと惜別したVTが、それになるでしょうか?

しかしM3に追いつけないことが徐々に解ると、別なものを目を向けます。それは、旧東ドイツ領ドレスデン生まれのエキザクタを初めとする一眼レフです。しばらくの間は、ペンタプリズムが無かったり、40ミリ以下の広角レンズが無かったり、撮影直後にミラーが戻らずにブラックアウトしたりと使いにくい部分のあるカメラでしたが、ツアイスイコンドレスデンが開発したコンタックスDに、ダハ・プリズムが搭載されて上下左右正像となり、使いやすくなりました。

これから先の一眼レフカメラの発展に日本の各メーカーは賭けたのです。クイックリターンを開発しTTL露出計を内蔵します。ライカは残念ながら一眼レフには目を向けずに、M型に固執します。最大市場のアメリカで、徐々にですがシェアを日本製の一眼レフにとられていきます。販売店からの突き上げで、やっと重い腰を挙げることになります。

次回に続く!

 


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