「先輩」

《PR》

musashi  ●会社員 (55)

高校受験直前での転校だった。
私は学校の中味を調査する時間などないままある学校を受験し、合格した。

その学校は男子校で、古い歴史を誇る高校だった。
地元の受験生には衆知のことだったのかも知れないが、なにせ私はよそ者である。
しきたりなど分かる訳もないし、特にだれも教えてもくれなかったことがあった。

そのなかでも一番記憶に残っている事を書いてみる。

入学直後の下校途中の事である。
私は校庭を横切るように歩いていた。
前から来る先輩2人とすれ違おうとした時、その先輩のうちの一人が、私にこう言った。
「最近の新入生は礼儀も知らんのか?」と。
そして先輩は私にこう教えてくれた。
「先輩とすれ違う時には、帽子を脱いで直立して挨拶をする。それがうちの伝統だ。」と。

伝統と言う以上、それに従うしかない。
そうまで言わなくても、ある意味先輩とすれ違う時には会釈ぐらいは当然と言えば当然ではあった。

その後どれほどその「伝統」を履行したかは定かではないが、はっきり記憶している場面がある。
同じく下校時、野球部の一団に遭遇した。
先輩と思しき人が先頭を歩いていた。
私は教えの通り、帽子を脱いで直立して挨拶した。
そしてそのままの姿勢で、その一団が通り過ぎるのを待った。
ただ長く列をなした一団であり、最後尾が通り過ぎるまで私はただ直立して待ったのだった。

時代は、あの加山雄三の若大将シリーズが封切られていた頃である。
礼をつくすに何の疑念も抱くものではないが、少し違和感を感じたのも事実であった。

そんな伝統も受験戦争のあおりを受けたりして、いつの間にか消え失せていった。
私が3年生の頃には、先輩である筈の私たち自身がそれを既に放棄していたのだった。