橘香織 ●主婦(47)
彼は、私のこと「ばか」って言った。
「私はどうせ、そうですよ」って答えた。
「ばかだな、ばかって大阪では愛情表現なんだよ」
彼はそう言ってみせた。
そしたら横から、大阪ではあほって言うのよだって。
彼がそうそうって相づちを打つから、
私は、「どちらにしろ、ここは東京ですから」と答えておいた。
BUT そう言いながら
本当は少し嬉しかった。
たしかに二人の会話は他人には見えない部分があるの。
これだけの会話の中にどれだけの意味があるのか。
でも二人にはそれだけの会話で充分だった。
その会話には言葉以上のものが存在しているのだから。
不思議なものだと思う。
ここまで来るのに、彼とは随分遠回りもした。
でも当然だと思う。
まったく違った人間が理解しあおうと頑張ったって
所詮限界があるのだから。
私はここまで来れたことを良かったと思うと同時に
これまでの彼にありがとうって言いたい。
それは私の本心であり、
私にとって彼がどれほどの存在であるのか、
そのありがとうの言葉にすべてが込められているのだから。